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X-23: Innocence Lost

X-23: Innocence Lost (X-23 (2005)) (English Edition)

数年前、とある研究所から被験者が脱走した。ウェポンXと呼ばれた彼は圧倒的な戦闘能力で銃撃部隊や科学者を殺し、森の中へ消えていったあと行方不明となっていた。時がたち現在、ウェポンXの実験の主導者の一人であり、また彼に殺された犠牲者でもある科学者の息子ザンダー・ライスは外科医として実験体の細胞からクローンを作り出す計画に参加する。遺伝子研究の権威として名高いサラ・キニー博士も加えて動き出した新たな実験だが、元の細胞が不完全だったゆえに一部遺伝子を補修した結果、新たな実験体は女性として生まれてくることになった。造られた胚を育て出産する役を押し付けられたサラは自身が実験される側に立って初めてこの計画の残酷さを味わうが、すでに実験は最終段階へと入ってしまっていた。こうして生まれた実験体、X-23は人ではなく武器としてこの世に生を受けるのだった。

新鮮な気持ちで読めるようなコミックがないか探していたら、偶然本屋でアメコミがセールになっているのを見つけたので手に取ってみたのが本作。正確に言うと、画像で出しているペーパーバックはかなり昔の商品でもう絶版になっていて、今回買ったのはX-23の個人シリーズをほかにもいくつか収録したComplete Collectionというやつ。本作はウルヴァリンのクローンとして有名なX-23のオリジンを描いたもので、映画ローガンの原案でもある。いまさら言うことでもないけどローガンは本当にいい映画で、個人的にも今まで見た映画の中で三本の指に入るくらい好きな作品だからX-23のコミックも機会があったら読みたいとはずっと思ってたんだけど、なかなか手が出せずにいたんだよね。偶然とはいえこうして読むチャンスが出来たのはすごくうれしい。

ライターはCraig KyleとChristopher Yostの二人。初めて知ったライターだけど、調べたらほかにもX-ForceやAmazing X-MenなどのX-Men関連誌をいくつか担当しているらしい。本作と続編のTarget Xはすごく面白かったし、なぜだかわからないけどするする読めて気づいたら話を読み終わってるくらいストレスなく読めるライティングだったからかなり好きだな。キャラクターが多くて話もほかのMarvel作品とはちょっと離れた空気だから個人的に手を出しずらいX-MENだけど、この二人の作品を追ってみてもいいかなと思った。

アーティストはBilly Tanで、この人の絵がとにかく本作にあっている。まずX-23の洗練されたアクションがすごくかっこいい。絵に動きを感じるから時間制限がありながら素早く的確に相手を殺しに行く彼女の戦闘スタイルとアクションの描き方が見事にマッチしている感じだ。あとはいい意味で無表情のキャラクターを描くのが上手い。X-23のだれにも心を開かない様子をうまく表情で描いていて、殺しの最中も一見戦闘マシンに見える彼女の恐ろしさが伝わってくるし、それゆえに読者目線では彼女が何をしたか、何を隠しているのかが話が進むまで読めずに後々予想外の展開に驚かされたりもする。かと思えばしっかりキャラクターが感情をあらわにするシーンはどっと感情が伝わってくるから、この絵のおかげで物語にメリハリが出て作品の雰囲気の重さを底上げしてると思う。

X-23のオリジン作品ということもあって半分彼女の紹介という感じもする本作だけど、彼女の魅力を読者に伝えるという点で本作は大成功なんじゃないだろうか。人ではなく兵器として生まれ、人生の選択肢が与えられない中で殺しを強要されるということの残酷さは本作の物語の視点人物であるサラの目を通してしっかりと伝えられるし、X-23に直接関係があるウルヴァリンくらいしか本作にはほかのキャラクターが登場しないから、あくまで彼女の物語に集中して読むことが出来る。

前述のとおり本作の物語はX-23ではなくサラの目線で語られるうえX-23自身がほとんどしゃべったり感情を出したりしないから彼女の心理描写はかなり難しいと思うけど、それがしっかり伝わってくるのが本作のすごいところだ。直接セリフにしなくても、X-23が本来殺すはずだった子供を逃がすシーンでは彼女に人としての心が残っていることがわかるし、誰も見ていないところで密かに自傷行為をしていたことがわかるシーンでは殺しの強要が確かに彼女の精神をむしばんでいたことがわかる。ただでさえ話さないのにTanの描く無表情な彼女の顔も相まって、何も感情が感じられないX-23の心の内が垣間見えるシーンはすごくインパクトがある、本作最大の面白さだと思う。

この作品の副題はInnocence Lostだけど、この潔白さというのがまさに本作のテーマだ。父の復讐という名目でX-23を傷つけ己の欲望を満たすライス、過去の経験から家族のつながりを否定して気づけば自身も父親のような怪物になっていたサラなど、本作に出ている大人は全員無実とは言えない。それは自身が人生を選択した結果間違った道へ進んでいるからだ。しかしX-23は違う。生まれた時から周りに利用され、生き方を選ぶことを許されなかった彼女は、それでも望まない殺しを避けようと子供の命を救う選択をした。どんな環境にいたとしても、自分がより良い人になるために選択をしたか。ここが一見どちらもいわゆる善玉サイドにいるように思えるサラとX-23の違いなのだ。それがきっかけでサラは自身の醜さとX-23の純粋さに気づき、逃走劇が始まることになる。今や割と有名なキャラクターになったからこの結末は知っている人も多いかもしれないが、ぜひ実際に本作を読んで再確認してほしい。X-23の本名、ローラがつけられた背景を知った時は自分も思わずうるっと来てしまった。

一見暴力的で内容も明るいとは言えない作品だけど、その根幹にあるのはX-23の純粋な心と初めて家族の重さに気づくサラの思いと、絵面とは違う温かい物語だ。オリジン作品ということもあって誰でも読めるコミックだし、特に映画でローラが気になった人には彼女の裏のエピソードとして読んでもらいたい。