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Annihilation

Annihilation Omnibus

謎の軍隊が突如宇宙の巨大刑務所兼エネルギーの源であったキルンを襲った。さらに何千もの星を飲み込むながら進行を続けるこの脅威を宇宙警察隊ノバ軍はアナイアレーション・ウェーブと名付け、戦争の準備を始めた。が、その直後にノバ軍の母星ザンダーはアナイアレーション・ウェーブの攻撃によって崩壊、軍は一人を残して星にいた全員が命を落とした。たった一人生き残った男リチャード・ライダーやウェーブに襲われた戦士たちは宇宙を守るために闘いに身を投じることを決意する。そしてウェーブを指揮する黒幕の正体はアナイアラス、宇宙の反対に存在するもう一つの宇宙ネガティブ・ゾーンの王だった。

今や銀幕の大スターとなったガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのメンバーや、コミックで大活躍しているノバやロナンなどのMarvelの宇宙系ヒーローたちだが、そんな彼らも今から十五年前ではほぼ忘れられた存在であり、長い間注目を浴びることなくユニバースの影に身を潜めていた。そんな彼らが再び表舞台で活躍するきっかけとなったのが、Marvel最高のイベントの一つとしても名高いこのAnnihilationだ。ライターはDCでのJustice League Internationalや52などの功績を残したKieth Giffenが主に勤め、その他多くのクリエイターがタイインや後日談などで参加する形となっている。このイベントはまず事件のきっかけを描いたプロローグがあり、そこから物語で活躍する四人のキャラクターに焦点を当てたミニシリーズに派生して、最後にイベント本誌で結末を迎えるという形で構成されていて、かつ自分が読んだオムニバスだとさらに前日談となるDrax the Destroyer、後日談のHeralds of Galactus、登場キャラクターの紹介をまとめたNova Corps Filesも収録されているので決して記事一つでまとめて紹介できるような規模に収まる話ではない。けれどここではこのプロジェクト全体を通しての影響なんかにも触れて本作を語っていきたいからあえて細かい部分にはあまり触れずに全体の話の紹介として記事を書いていく。四つのミニシリーズもそれぞれすごく読み応えのあるものだから暇があったら別途細かく紹介したい。

まず前提として、このコミックが出版された当時の宇宙系ヒーローの扱いというのはファンの間でもMarvelの編集部内でも今とは大きく違っていたらしい。Infinity Gauntletやその他Jim Starlinの生んだ宇宙の物語の傑作が世に出てもうすでに十年以上が経ち、その後は地球のヒーローたちに焦点が当たることが多かったため宇宙を舞台に活躍するキャラクター達はもはや編集部の中でさえ忘れられた存在に立っていた。のちのGiffenのインタビューによれば、今ではアベンジャーズの映画のラスボスになりコミックでもブイブイ言わせてるサノスでさえ当時はそこまでの注目を集めていなかったようで、たまに目立つのはせいぜい古参のシルバーサーファーくらいだったそうだ。そんな中思い付きで生まれた宇宙のヒーローたちが強大な敵と壮絶な決戦を広げるというアイデアだが、当時は編集部内でも特に大きな話題になることもなく、しかも同時期にあのCivil Warも構想段階でそっちに注目が言ったこともあってAnnihilationの方はクリエイターと担当編集に放り投げられた感じだったらしい。下準備としてGiffenがThanos誌のライターに回ったり、のちに大活躍することとなったドラックス・ザ・デストロイヤーを根本から壊してもう一度作り直すことが目的だったDrax the Destroyerが刊行され、読者からも高い評価を得たことでいよいよAnnihilation: Prologueが世に出ることなったが、これが出版社の想像をはるかに上回るように売れ緊急会議が開かれるほど状況は一変したらしい。その後イベントは高い評価と確かな収入を得て、さらに続編であるAnnihilation: Conquestや派生して始まったDan AbnettとAndy LanningのコンビによるNovaやGuardians of the Galaxyが刊行されたことによって宇宙系キャラクターは確かな人気を手に入れた。そしてガーディアンズ・オブ・ギャラクシーが銀幕デビューを果たしたことで彼らはさらに一躍スターへの階段を駆け上ることとなったのだ。しかし結局はAnnihilationのもたらした功績がなければこれらのキャラクターが今ほどの人気や知名度を誇ることはあり得なかっただけに、本作がもたらした影響がいかに偉大かがよくわかる。ここら辺の話はクリエイターや当時の編集部の担当者のインタビューで詳しく語られているので、気になった人はのぞいてみてほしい。

sktchd.com本作の物語自体は特にひねりがあるわけではない。ヒーローたちが侵略者に挑む、これだけ見ればすごく単純なよく見かけるヒーローものコミックの話だ。Annihilationが他と違ったのはその規模の大きさを徹底的に追求したこと、そしてなるべくキャラクターたちが引っ張っていく形で物語を進めたことだ。冒頭からいきなりザンダーが崩壊し、ノバ軍はリチャード一人を残して壊滅。さらにはクエーサーが死に、あの最強キャラのはずのギャラクタスでさえ敵につかまって道具として利用されてしまう。そんな中さらなる力を求めて破壊の限りを尽くすアナイアラスの影の絶望感と言ったらたまったものじゃない。有名キャラクターが死ぬとなるとある程度大きな話でないとなかなかやりずらいところがあると思うが、Annihilationは有名人が一人死ぬどころかそれまで大前提としてあったマーベル・ユニバースの宇宙の形さえぶっ壊そうという勢いで進んでいくのだ。当時誰も気に留めていなかった宇宙系ヒーローの物語だからこそ保守に走らず大胆な動きが出来たことは確かだし、今までの流れを気にせず変革を起こしたことがのちの宇宙の新たな前提となる土台を作ることに貢献したのだろう。

アナイアラスの話が出たから本作の敵についても語りたい。ここまでの規模の話をやるなら当然それ相応のヴィランが必要になるが、サノスは今までさんざん使われていたからあえて避けた結果リストに上がったのがアナイアラスだったらしい。もう一つの宇宙全体を統治する独裁者とかいうとんでもない肩書を持っていた割に活躍の機会が多いとは言えなかった彼がラスボスになったのは、それまで日の当たらなかった宇宙系ヒーローを再構築し復活させるという本作の目的にはぴったりの人選だったと思う。そんなクリエイター陣の意気込みもあって本作はアナイアラスなしでは語れないほど彼は重要なポジションだ。彼の目的はすごく単純で、自身の領地をひたすら広げること、そしてより強い力を得てより長く生き続けることだけ。それ以上でもそれ以下でもなく、彼はただひたすら純粋に欲望を満たすために傍若無人の限りを尽くす。このあふれんばかりの欲にまみれて全く擁護できない感じが最高だ。細かい事情なんてものは関係なくひたすら相手を殺すような残虐ですさまじい欲望にまみれたヴィランだからこそ、アナイアレーション・ウェーブがとんでもない規模の破壊を続けてもあいつが親玉ならこんなこともするだろうみたいな謎の説得力が生まれるし、同情しようがない敵だからこそヒーローがのちにぶんなぐっているのを見ても変なことを考えずにもっとやれと読み進められる。まさに純粋悪という言葉が似あう最高の悪役である彼は本作の最高のスパイスだ。

話を少し戻して今度は本作の二つ目のポイント、キャラクター主導で進む物語に触れたい。先ほども少し触れたように本作はまず最初に出たプロローグから始まり、次に主要ヒーロー四人にそれぞれ焦点を当てた四つのミニシリーズが刊行され、イベント本誌であるAnnihilationが最後をくくる形となっている。つまりイベント本編が始まった時にはすでに読者はミニシリーズで各キャラクターがおかれた状態を知っているから細かい説明みたいな準備なしでいきなり内容に入っていても問題はないし、それぞれのヒーローたちの物語を知ったうえで全体のイベントに入るから、最初からよりキャラクターに感情移入しながらイベントを読んでいけるのだ。さらにAnnihilationの前に準備として刊行されたDrax the Destroyerも含めたミニシリーズの内容も各主人公をそれまでとは全く違う状況に置き、転生し知能もパワーもまるで変ったドラックス、拠点かつ仲間だったノバ軍を完全に失い自分の意思で動かなければならなくなったノバ、再度ギャラクタスのヘラルドとなり今までとは比べ物にならない力を得るシルバーサーファー、故郷を失い始めてヒーローとなるスーパー・スクラル、法に従うことをやめて自分の決めた正義を貫くことにしたロナンと、これまでの流れに縛られることなくキャラクターを根本から破壊し作り直すというクリエイターの方針はしっかり貫かれていて、それぞれがより魅力的に進化している。イベント本誌の方もどのキャラクターも必ずそれぞれのテーマに沿って見せ場があるから、ミニシリーズの続きとしてもすんなり受け入れて読み進められる。こんな風にキャラクターの造形に力を入れ、活躍の場所をうまく配置したからこそ本作は革新的なキャラクター解釈をしっかり根付けさせ物語を盛り上げることに成功したのだろう。事実十五年たった今でもノバやドラックスといったキャラクターはAnnihilationのイメージが変わらず生き続けている。

マーベル・ユニバースの宇宙を新しく作り直すという覚悟で始まったAnnihilationは今までのキャラクターのイメージを塗り替え、ユニバースの中でもファンの間でも全く新しいヒーロー像を深く刻み付けた。この作品があったからこそ今のMarvelがあることは間違いない。この影響力こそが本作の偉大さを物語っている。

 

Annihilation Omnibus

Annihilation Omnibus

  • 作者:Marvel Comics
  • 発売日: 2019/12/17
  • メディア: ハードカバー