Moon Knight by Brian Michael Bendis & Alex Maleev
新たに拠点をハリウッドに移し、表向きには億万長者のテレビ番組プロデューサーとして活動を始めたムーンナイトことマーク・スペクター。そんな彼はアベンジャーズのメンバーであるスパイダーマン、ウルヴァリン、キャプテン・アメリカに頼まれロサンゼルスの警備を担当することになる。パトロールのさなか悪人同士の交渉現場を目撃したムーンナイトは壊れたウルトロンの体が取引されていることを知り、交渉人の一人であるミスター・ハイドとの闘いの末なんとか頭部だけを持ち帰ることに成功、ロサンゼルスで犯罪界のボスになろうとしている何者かの存在に気づき、アベンジャーズの三人と話し合う。しかし、マークの周りにいるアベンジャーズは本物ではなく、彼の頭が生み出した幻覚だった。
MarvelでUltimate Spider-ManやDaredevil、直近だとアイアンハートが登場したInvincible Iron Manなどを手掛け、少し前にDCに移籍して現在Young JusticeやSupermanのライターとして活躍しているBrian Michael Bendisと、彼とDaredevilやオリジナル作品のScarletで組んだアーティストのAlex Maleevの黄金コンビが手を組んだのがこのMoon Knight。主人公のマーク・スペクターはバットマンみたいに犯罪と闘う億万長者でありながらも統合失調症を患っていて、脳内で複数の人格が会話したり実際に人格が入れ替わったりするところが特徴。デッドプールみたいな笑いに振ったイカれ具合とはまた違った精神疾患の描かれ方が面白いキャラクターだ。自分はムーンナイトを誌面で見るのはこれが初めてだけど、初見でもそんなに困惑することなく楽しめた。
本作の一番の見どころは一部で一人アベンジャーズとしても有名なマークの脳内会議の様子だ。キャップは理性の強い正論を言い、スパイダーマンはおちゃらけ、ウルヴァリンは時に怒りに身を任せて暴走気味になる。そんな個性豊かな三人とうろたえるムーンナイトの掛け合いが面白いし、Bendisお得意のやたらと長くてそんなに内容のない会話シーンも冴える。自分はこの俗にいうBendis会話は結構好きで、確かに読むのは大変なのに意外と大したことを言ってないときは疲れるけど、現実の会話って大抵そんなに中身ないし、作品にリアリティを加味する一因になっていると思う。
統合失調症のキャラクターをコミックで描くのはかなり難しいことだけど、マークの中の感情や理性を分裂した人格として描く本作の試みはとても面白いと思う。特にマークが怒り狂ったときにウルヴァリンがキャップやスパイディなどのほかの人格を殺していき、ついに理性による歯止めが利かなくなるシーンは圧巻だ。
スーパーヒーローを描いたコミックの題材として狂気が選ばれることは実は意外と多い。有名どころで言うならAlan Mooreの名作Killing Jokeや、Grant MorrisonのArkham Asylum: A Serious House on Serious Earthあたりだろうか。なぜならそもそも全身タイツを着て犯罪者と闘うというヒーローの姿そのものが現実離れした、ある意味イカれた情景だからだ。もちろんそういうキャラクターが普通にいるという前提で成り立っているマーベル・ユニバースにおいていちいちその辺が突っ込まれることはないが、ムーンナイトに限っては数いるヒーローの中でも度を越して狂っているが故に、コスチュームを着て夜な夜な街を徘徊する姿に味方でさえ疑問を持ってしまう。しかしマークは自分が正常でないことを認めたうえで、この狂気が社会に必要とされているから闘うんだとムーンナイトでいることを宣言するのだ。
スーパーヒーローは狂っているのか、こう聞かれると誰しも完全には否定できないと思う。しかしたとえ彼らが狂気に侵されていて社会で浮いた存在だとしても、その存在は確かに世界を良くしている。ヒーローもののコミックにおける普遍的なテーマへのBendisなりの答えが本作からは感じられる気がする。
と、まあこの記事を長いこと書き途中で放置していた間にドラマ化まで決定してしまったムーンナイト。本作の設定自体はどこまで実写版に取り入れられるか定かではないものの、気になる方は予習がてら本作を手に取ってみてはいかがでしょうか。
- アーティスト: Alex Maleev
- 作者: Brian Michael Bendis
- 出版社/メーカー: Marvel
- 発売日: 2019/06/20
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
- 作者: ブライアン・マイケル・ベンディス,アレックス・マリーブ,堺三保
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2016/11/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (3件) を見る
- 作者: ブライアン・マイケル・ベンディス,アレックス・マリーブ,堺三保
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2017/03/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (2件) を見る