アメコミもぐもぐ

アメコミ好きの大学生が感想を書くブログです。

Captain America by Waid & Samnee: Home of the Brave

Captain America by Waid & Samnee: Home of the Brave (Captain America by Mark Waid (2017))

世界にいったん平和が訪れ、これを機にアメリカ全土を巡る旅に出ることを決意したキャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース。旅先でランパートと名乗る組織と闘うことになったキャップは彼らの謎を追うが、やがて巨大な陰謀の存在を知ることになる。

最近コミックショップで適当に本をあさってたら面白そうなコミックに出会ったので、地味に当ブログで初めてなキャプテン・アメリカのコミックを紹介したい。ライターはAvengers: No SurrenderやHistory of the Marvel Universeを手掛けたMark Waidで、アーティストはこれまでDaredevilやBlack WidowなどでWaidと何度も手を組んできたChris Samnee。このコンビの作品を読むのは実は初めてだから結構楽しみだったんだけど、Waidのライティングの明るさとSamneeの描く優しい表情が見事にはまっててすごくよかった。

以前読んだ作品でも感じたけど、やっぱりWaidのライティングはすごく王道というか、設定に複雑なてこ入れをするというかはキャラクターのイメージをそのまま活かして明るい話を書く印象がある。No SurrenderやNo Road Homeもアベンジャーズが一致団結して闘う巨悪と闘うすっきりした話だったし、History of the Marvel Universeも構成自体は複雑なものの、最後は明るいメッセージできれいに物語を占めてくれた。本作では話自体はずっと明るいわけではないけど、それでもやっぱりどこか明るいキャプテン・アメリカを見せてくれるところがWaidのキャラクターの扱い方の面白いところだと思う。

Samneeは今や超売れっ子アーティストだけど、アメコミではあまり見かけない画風の絵を描く人だと思う。あの線とべた塗が醸し出すどこか優しい雰囲気はこの作品はスティーブ・ロジャースのイメージにピッタリだった。アクションシーンの構図もメリハリが効いてかっこいいし、本当に死角がない素晴らしいアーティストだ。

本作が始まる以前Captain America誌はNick Spencerがライターを務めており、直前までイベントのSecret Empireを展開していた。自分は読んでいないから個人の感想はないけど、キャップがヒドラの一員だったというショッキングな展開は当時コミック界隈でかなりの波紋を呼んでいたことはよく覚えている。そんな賛否が割れる暗めの展開があったからなのか、その後に始まった本作は特にSecret Empireの影響に触れることなく、とてもクラシックな、みんなの知っている明るいキャップという感じの物語になっている。

この本には#695から#700までが収録されている。一応シリーズは#704まで続いていて本作の続きはPromised Landという題でまとめられているんだけど、Vol. 1とVol. 2の表記がないことからもわかるように全くつながりはない。それどころかPromised Landは未来の物語で主人公はキャップですらないから無理に読む必要はないかな。話が短めなのもあってそんなに面白くもなかったからそっちは多分紹介しないと思う。

キャプテン・アメリカって名前だけ聞くと結構よくわからないキャラクターだな、と改めて思う。アメリカを守るヒーローといったって、そもそもアメリカの何を何から守るんだ、と考えるといまいちよくわからないというか、自分がキャップのコミックをあまり読んでないからかもしれないけど、実感がわかないキャラクターだなと思う。本作はそんなキャップにまずアメリカ横断という課題を与えることで、うまくそこを描いていると思う。

最初に書いたように、本作のキャップはとても王道で明るいキャラクターだ。そのクラシックなヒーロー像をアメリカの様々な場所で見せつけながら人々を救っていく。改めてアメリカの名を背負うヒーローの偉大さ、カッコよさが身に染みるんじゃないかな。自分は特に冒頭の#695のエピソードが大好きだ。今や伝説となったキャプテン・アメリカも、スティーブ・ロジャースが守ってきた強いものが弱いものを守るという単純ながらヒロイックなルールに沿って動いてきた結果なのだ。一人の小さな正義感が巨大なシンボルとなって伝説となる、キャップのカッコよさが詰まった一編なんじゃないかな。

#698からは一気に毛色が変わって、現代で氷漬けにされて未来で再び復活したキャップがディストピアで闘う物語になる。これまでアメリカで様々な人に出会ってきたキャップが差別主義の独裁国家となった未来のアメリカ政府と闘うというのはすごく説得力があった。キャップが仕えるのは政府そのものではなくアメリカの掲げる理想だとはよく言うけど、改めて民主主義のために闘うキャップを見せてくれる物語になっていると思う。

まさに王道で誰でも踏み込める物語なので万人におすすめできる作品だが、特にSamneeの絵に惹かれた人には是非読んでほしい。独特の雰囲気で描かれた力強く優しさがあふれるキャップは必見だ。

 

Captain America by Waid & Samnee: Home of the Brave (Captain America by Mark Waid (2017))

Captain America by Waid & Samnee: Home of the Brave (Captain America by Mark Waid (2017))

  • 作者:Waid, Mark
  • 発売日: 2018/06/19
  • メディア: ペーパーバック
 

 

映画版ブラックパンサーのリキャストについて

今回はアメコミの作品そのものの紹介ではないけど、コミック関連の話でどうしても書いておきたいと思ったことがあったので、半分雑記のような形で記事を書いていきます。

八月二十九日、映画のシビル・ウォーやブラックパンサー、そしてインフィニティ・ウォーとエンドゲームのアベンジャーズ二作でティ・チャラことブラックパンサーを演じたChadwick Boseman氏が亡くなったそうです。四年前から大腸がんで闘病生活を送っていたそうで、そんな過酷な状況の中あのブラックパンサーでの名演技を披露していたと思うと、本当に偉大な、すさまじい俳優だったんだなと改めて思わされます。

自分は映画業界の話には疎くて基本的にアメコミ原作のものしか見ないので、Boseman氏の業績に詳しいとか、ものすごく思い入れがあったかと言われればそうだとは言えません。それでも、ハリウッドの中でも最高レベルの予算を賭けた大作映画の主演を務める、しかもキャストのほとんどが黒人という挑戦的な試みをするプレッシャーをものともせず、筋トレはもちろん英語の中にアフリカの言語の訛りを取り入れるなどの徹底した役作りを行ったうえで、五十年以上続くブラックパンサーというキャラクターを銀幕で見事に体現した氏の演技には自分も感動させられました。黒人主体でヒーロー映画を作ろうとする中で心無い人たちからの圧力があったであろうことは想像しがたいことではないし、実際にファンのコミュニティ内でも差別的なコメントを見かけることは少なくありませんでした。そんな社会の向かい風と自身の体調に立ち向かい世界中のファン、特に彼と同じ黒人の子供たちに勇気を与えたBoseman氏はまさに現実世界のヒーローと呼ぶにふさわしい人物だと思います。ご冥福をお祈りいたします。

今回自分が気になったのはBoseman氏の逝去に伴って話題に上がっている、ブラックパンサーをリキャストすべきかという問題です。彼の作品やキャラクターへの功績を考えれば、Boseman氏抜きではブラックパンサーという映画、そして現在のコミック業界の多様性を重んじる姿勢はなかったといえるでしょう。それだけに次のブラックパンサーの映画でティ・チャラを別の俳優に演じさせるのではなく、キャラクターごと静かに退場させた方がいいという意見を何度か目にしました。これに関して自分はコミックの読者として自身の意見を書いておこうと思います。

まず、自分はブラックパンサー役のリキャストに賛成です。確かに自分も今はBoseman氏以外が演じるティ・チャラの姿は想像できませんし、氏を超えるブラックパンサーとしての演技はあり得ないと思います。しかしそれでも自分はアメコミの今までの歴史、そして自分の考えるアメコミの魅力という点から、ブラックパンサー役は誰かに受け継がれていくべきだと思います。

まずブラックパンサーというキャラクターは今から五十四年前にStan LeeとJack Kirbyの手によって創られ、Fantastic Four #52にて初登場を果たしました。先に挙げたLeeとKirbyの二名はほかにも多くのキャラクターを作り上げたことで有名ですが、両者ともに現在は故人になってしまっています。そんな彼らが作り上げたキャラクターはその後多くの作家の手に渡り、その時代ごとに新しいブラックパンサーの物語が別々の人間によって紡がれていきました。多くのクリエイターがそれぞれの思うヒーロー像を物語に込めた結果、ブラックパンサーというキャラクターは様々な視点からの要素を肉付けされ、今の姿へと進化してきたのです。

自分がMarvelやDCなどのヒーローものコミックが好きなのは、このキャラクターが多くの作家に受け継がれていくという点が大きいのだと思っています。例えば今自分が紹介しているImmortal Hulkは、ハルクというキャラクターの原点に焦点を当て、ヒーローものでありながらホラー描写に挑戦するという試みをしています。そこだけ見れば初期のStan LeeとJack Kirbyの作風から変わっていないように思えますが、この作品の主人公は彼らが考えたハルクではなく、Paul Jenkinsが生み出したハルクの別の人格であるデビル・ハルクです。本作にはそれだけでなく、Peter Davidが考案したハルクのもう一つの人格であるジョー・フィグジットことグレイ・ハルクやその他多くのライターによる設定が組み込まれており、さらには本作のライターAl Ewingが考えたハルクの不死設定や神話的解釈など独自の設定も盛り込まれ、そのすべてが物語を動かす歯車となっています。このように、コミックの物語はクリエイター一人によって生み出されるものではなく、多くの作家によってキャラクターが受け継がれることによって複雑化し、より奥深いものへと進化してきました。それと同時にキャラクターそのものも様々な視点から考察され、より奥行きのある人物へと変わっていったのです。

話が少しそれましたが要点をまとめると、自分が思うアメコミの面白さはキャラクターの物語が終わることなく様々な作家に受け継がれるがゆえにさらに奥深くなっていくこと、簡単に言えば終わらないことこそがアメコミの強みだと思うのです。これは基本的に一年間で物語が終わる日本の特撮番組などが逆にそれゆえの一定の世代への密着感、俺たち世代の仮面ライダー○○、みたいなそれぞれの年代特有のなつかしさを武器にしていることに触れ、より対照的に終わらないことはアメコミ特有の魅力だと思うようになりました。

そして今回のブラックパンサーなのですが、自分はこのティ・チャラの物語もさらに続いてほしい、終わらないでほしいと思っています。LeeとKirbyの手によって生まれ、さまざまなライターの手によって肉付けされ、Boseman氏の熱演によってスクリーンに登場した彼の物語がここで終わってしまうのはあまりに悲しすぎます。確かに氏の演じるブラックパンサー以外は今は想像できませんが、また新しい俳優が違った角度の演技でティ・チャラを表現することは、コミックがライターに受け継がれたように、ブラックパンサーの新しい側面を開拓することにつながると思うのです。現段階ではまだ続編の動向に関する発表はありませんが、自分はアメコミの一読者としてこのような意見を持っています。

今後ブラックパンサーがどうなるかはともかく、少なくともBoseman氏の尽力がなければティ・チャラの物語は始まってすらいなかったことは確かですし、彼の演技が世界中で熱狂を生み、フィクションの世界にとどまらず現実にまで人種差別について考える波紋を生んだことは間違いありません。改めて彼の偉大さを認識し、一人のファンとして追悼したいと思います。

 

ブラックパンサー (字幕版)

ブラックパンサー (字幕版)

  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: Prime Video
 

 

 

Immortal Hulk Vol. 3: Hulk in Hell

Immortal Hulk Vol. 3: Hulk in Hell (The Incredible Hulk)

ガンマ線を大量に吸収したアブゾービングマンの暴走によって謎の場所に送られてしまったヒーローたち。その場を一目見たハルクは、自分たちが地獄にいることを理解する。地獄とは何なのか、ハルクとは何なのか。様々な謎が提示される中、ハルク達は地獄脱出のために目の前の脅威と闘う。

Immortal Hulkももう三巻ということで、シリーズの雰囲気にもだいぶ慣れて物語もかなり進んできた。ライター、アーティストは引き続きAl EwingとJoe Bennettで、相変わらず質の高い物語を作り上げている。

相変わらずBennettの絵はすごいんだけど、さすがに前回で彼の魅力については十分語ったから今回はゲストで#14のアートを担当したKyle Hotzについて紹介したい。本作で彼の絵を見たときにどこか見覚えがあるなと思ってたんだけど、調べてみたらだいぶ前に紹介したVenom Unleashedに収録されていた一編、Web of Venom: Venom Unleashedを担当していたようだ。彼の絵を端的に一言でまとめるなら、気持ち悪いに尽きる。人物の表情や人体のしわや体形、陰影の濃い独特なスタイルまで、すべてが絶妙に気持ち悪い絵を作り出している。それゆえにホラーを題材にしている本作やVenom誌との相性が最高なのだ。Bennettの絵は普通の人や風景は意外ときれいで、そこに突然明らかに人間味のない不敵な笑みを浮かべるハルクや異形のクリーチャーが出るゆえの恐ろしさがあるのに対して、Hotzの絵は明らかに最初から不気味で、日常風景でさえ暗く歪んで見える感じ。どちらも魅力的だけど、ずっとBennett絵を見てきた後で少しタイプの違うHotz絵を見るとかなり新鮮でより楽しめた気がした。

物語は今までと比べてかなり進んできて、一通りのセッティングを終えてやっと本腰に入った感じ。ハルクがいきなり地獄に行くという超展開から、ハルクと悪魔、そして地獄のつながりを現実の宗教的概念や思想に基づいて紐解いていくアプローチはめちゃくちゃ面白かった。まだきちんとした答えは明かされてないけど、今後の展開にもつながりそうな謎や伏線もバンバン出てきてまさに盛り上がってきたところという印象だ。ライティングの話をすれば、これまでずっとハルクの存在の意味を語ってきた天の声的なナレーションが、最後で実は誰かの言葉だったというのが明かされるトリックが一番面白かった。Venomもそうだけど、こういうトリッキーな物語の語り方は読んでて驚きがある分やたらとテンションが上がるから好きだな。

本作を語るうえで外せないのがドク・サムソンの復活。この人そんなになじみのあるキャラクターではないけど、前に死んでたはずなのにBrian Michael BendisのCivil War Ⅱで何の説明もなく復活したって話題になってた人という印象がついている人だった。この過去作の雑な部分をうまく活かして本作では彼の復活の謎を不死のハルクと絡めて物語を引っ張っていく要素にしているからすごい展開だ。一つの世界観で以前の作品と物語がつながるからこそ、こういうめちゃくちゃな部分を後々物語のパーツにできるという意味で改めてアメコミの面白さを実感する話だった。

ただ、今回の物語自体は面白いんだけど、ちょっと複雑すぎるというのも素直な感想だ。地獄での物語では淡々と宗教的概念の説明がされるけど、元の話が難しいうえに数話にまたいで説明が続くから、説明パートになるたびに前のページに戻って内容を確認しなおしたりしないとなかなか話についていけない。今後もこの話は本筋に深くかかわってきそうだからこそ、ちょっと物語が複雑になりすぎているのは今後の不安点だ。

まだまだ続いていくImmortal Hulk、すでにここまで広げた展開が今後どうなっていくのか楽しみだ。

 

Immortal Hulk Vol. 3: Hulk in Hell (The Incredible Hulk)

Immortal Hulk Vol. 3: Hulk in Hell (The Incredible Hulk)

  • 発売日: 2019/05/28
  • メディア: ペーパーバック
 

 

Daredevil by Frank Miller

Daredevil By Frank Miller Box Set

外出自粛が始まった時に家でやることがないからという言い訳を作って三万払ってしまったFrank MillerのDaredevilのセットをやっと読み終わったので、今回は雑に思ったことを描いておこうかなと思います。いかんせんめちゃくちゃ長いからいつもみたいなあらすじ紹介はなしで、かつ紹介というよりも個人の感想掃きだめっぽくなっちゃいますが悪しからず。

まず最初に、めちゃくちゃ面白かったというのが全体のシンプルな感想だ。Marvelのコミックの中でも一番を争うくらい有名でかつ名作として名高い本作だけど、その評価にも十二分に納得できる作品だ。巷ではデアデビルというキャラクターを根底から変えた作品なんて言われているが、正直なところ自分はMiller担当以前のデアデビルに疎いので、そこはよくわからない。しかしそういったコミックの歴史的背景を理解していなくても単純に物語としてすごく楽しめる作品だと思うし、自分の知っているデアデビルがここから始まったと思うとすごくワクワクする。

Millerの描くデアデビルというキャラクターの魅力は、決して必然的にヒーローになったわけではなく何ならヴィランになっていてもおかしくない境遇に生まれたマット・マードックという男が、自身の意思の力で正義の側で闘うという部分だと思う。これはセットの一番最後に収録されているMillerのインタビューなどからもわかるが、デアデビルと同様に彼が担当した有名キャラクター、バットマンとの違いは、裕福な家庭に生まれて亡き両親の愛もまっとうに受けて育ったブルース・ウェインと違い、マットは貧困家庭に生まれ、母親の顔は知らず父親も決して聖人ではなく、しかも事故で視力を失うという不幸の星に生まれた人間である。でもデアデビルバットマンと違ってスーパーパワーがあるじゃないかと思う方もいるかもしれないが、その超感覚でさえMillerは幼少期のマットを苦しめた呪いのようなものとして描き、ヒーローになった後でも過敏すぎる感覚にデアデビルが苦しめられる展開を何度か行っている。

そんな彼の境遇に加えて、そもそもマット自身も決して鋼の精神を持った生まれながらのヒーローというようなメンタルをしている人間というわけではない。それどころか一般人よりも危ない人間なんじゃないかと思わされるシーンも少なくないのだ。そんな彼の危険な一面がよくわかるエピソードが、初恋の女性エレクトラの死の前後の物語だ。大学時代にマットと恋に落ちるも父親の死によって社会に絶望して殺し屋になっていた彼女は、ニューヨーク滞在中にデアデビルとして活動しているマットと再会する。いくら知り合いとはいえやっていることは完全に殺人であるエレクトラを追い始めたマットだが、いざ対面すると昔の情に流されて彼女を捕まえることが出来ない。ここでほかのヒーローならなんだかんだ最後は正義を優先しそうなものだが、デアデビルは本当に最後の最後まで彼女を捕まえることが出来ないのだ。

そうこうしているうちにエレクトラは敵に殺されてしまうのだが、マットはわざわざ検死を見学し、盲目の自分の代わりに死亡報告書を読み上げろとアシスタントを怒鳴りつけたりとやはり異常な固執を見せ、しまいには彼女が死んだ回の翌月の号の一ページ目では、ページいっぱいの顔面アップで"She's alive."なんて言い出すのだ。検死まで付き合って一か月後にこの思い込みはやばすぎるだろとさすがに笑っちゃったが、彼の奇行はこんなものでは終わらない。エレクトラは生きていると根拠なしに確信したマットはデアデビルとして夜の街を駆け回り、エレクトラとかかわりのあった犯罪者を片っ端から殴り飛ばして彼女の居場所を問いただす。何もしていないのに急に殴られて故人の場所を聞かれるチンピラにはさすがに同情するが、なんと彼の聞き込みははチンピラでは終わらず、あのニューヨークの犯罪王キングピンのアジトにまで乗り込みエレクトラについて尋ねるのだ。これにはさすがのキングピンもデアデビルに"Are you sick?"と聞いてしまう始末である。仲間にはもちろん敵にさえ心配されてしまうような状況のマットは最後にエレクトラの墓に行って死体を掘り返し始め、遺体の顔に触れて彼女だと確認した瞬間"Dead! She's dead!"と泣き叫ぶ。いくらショックな出来事とは言え、こんな完全に正気ではないような行動までしてしまうのがマット・マードックという男であり、Millerの描くデアデビルは生まれながらのヒーローとは決して呼ぶことが出来ないキャラクターなのだ。

完璧な人間ではないのはマットだけではなく、MillerのDaredevilに登場するキャラクターは全員がそうだといえる。前述のエレクトラは父の死がきっかけで闘いに身を投じるというデアデビルと共通点のあるオリジンを持つが、彼女はヒーローになったマットと違い闇の組織に身を堕として殺しの道に進むことになる。マットの弁護士仲間であるはずのフォギーもごく自然にマットの彼女と寝るなかなか外道なシーンがあるし、デアデビルの協力者である新聞記者ベン・ユーリックも敵に脅された恐怖で真実を発表することにずっと怯えていたりと、どこかで必ず心の弱さ、善に完全に傾倒することが出来ない部分が描かれる。

しかし、Millerの物語が面白く、アツく、心にしみるのは、そんな弱さを持った人間たちがどうにか自身の勇気と意思を振り絞って正義にしがみつくさまがこれでもかと描かれるからだろう。決して強いわけではない彼らは何度も敵の圧力に屈しそうになるし、本人が正義の道から外れそうになることも多々ある。しかし最後には必ず自らの意思で立ち上がり、恐怖に負けずに自身の信じる善のために闘う。そんな様子が我々読者の心にめちゃくちゃしみるのだ。

デアデビルの異名であるThe Man Without Fear、恐れを知らぬ男というのは有名だが、ここ数カ月ずっとMillerのランやこのブログでも何度か紹介している現行のシリーズを読んでいて、実際はデアデビルは恐怖を知っている、それどころか常に恐怖と隣り合わせで闘っているように思えた。そんな彼がこう呼ばれているのは、実際は恐怖に屈しそうになったとしても最後には立ち上がる、恐怖の恐ろしさは知っていても決して負けることはない、その様子が周りから見て恐怖を知らないように見えるだけなのだと思う。デアデビルだけではない。実際に人が殺される音を聞かされ、次は自分が殺されるかもしれないという恐怖におびえながらも、最後には自身の筆で犯罪の闇をさらしたベン・ユーリック。ドラッグの欲望と迫る追手に翻弄されながらも、最後には平和な暮らしを取り戻したマットの元恋人、カレン・ペイジ。このシリーズに登場するキャラクターのほとんどがどこかで恐怖を経験し、それに打ち勝っていく。Millerはそんなキャラクターが怯えるシーンを迫真のライティングで描き、恐怖の恐ろしさを様々な描写で読者に見せつけていく。そしてもはやなすすべなしかと思わせたところで、徐々にキャラクターの心の強さを見せてくれる。このジェットコースターのような感情の上下がこの作品をMarvelの生んだ一つの伝説へと昇華したのだ。

ヒーローものコミックの世界にハードボイルドの雰囲気を取り入れ、現実的なテーマにも触れながら心にしみるシーンを生み出したMillerのDaredevilはまさに文句なしの傑作だ。かなりの量だし値段も相当張るからなかなか手は出しずらいとは思うが、デアデビル、Frank Millerのファンならもちろん、単純に至高の物語としても強くお勧めしたい作品である。

 

Daredevil By Frank Miller Box Set

Daredevil By Frank Miller Box Set

  • 発売日: 2019/10/15
  • メディア: ペーパーバック
 

 

Immortal Hulk Vol. 2: The Green Door

Immortal Hulk Vol. 2: The Green Door (Immortal Hulk (2))

過去にガンマ線を浴びた人物の謎の暴走を調査するブルース・バナーとハルクは、そこに自身の父親たたブライアン・バナーの姿をした何かが絡んでいることを察知し、ハルクの生まれ故郷であり彼の力が最も強くなる場所、原爆実験場へと向かい、自身の影にも潜むブライアンと闘うことを決める。しかし同じころ、ハルクの脅威を研究するために軍も密かに動き出していた。

先日紹介したImmortal Hulk誌の続きでシリーズ第二弾が本作。相変わらず怪物としてのハルクの造形やホラー描写に手を入れながら、物語も徐々に広がりを見せていてまさに文句なしの出来だ。

ライターとアーティストは引き続きAl EwingとJoe Bennettが担当している。Ewingのハルク再解釈は相変わらず面白いし、Bennettの絵も前作からより進化してびっくりするようなページがたくさんある。前回の紹介で少し触れたけど、終盤でものすごい人体改造シーンというか、人間の体をめちゃくちゃにした怪物みたいなのが出てくるシーンの絵はまさに圧巻。誉め言葉としてだけどよくこんな気持ち悪いものが思いつくなと思ってしまった。

この巻で一番面白かったのはブルース・バナーの反対の人格というハルクの存在を掘り下げた新しい解釈の使い方かな。もともとはおとなしいブルースと怒り狂うハルクという対比だった部分を、科学者であり人間であるブルースと対照的にハルクは人間より神に近い不死身の存在で、科学のルールなんぞ無視した何でもありの力を持つという風に広げて描いているのがすごく斬新だ。前巻からちょくちょく言及はされてきた設定だけど、本作ではMarvelの神様代表、ソーをもってして神に近いといってたり、ハルクを切り刻んで実験しようとした科学者を機学外の方法で凌駕したりと、よりアピールしようとしているのがよく伝わる。その流れで本作の最後は科学を超えたスピリチュアルな世界観にたどり着くから、うまく設定を使って物語を誘導しているなと思う。Ewingのライティングは話運びが本当にスムーズで、読んでいてもやもやする無駄な部分が全くないから本当に面白い。

一巻と本作の前半まではとにかく新しくなったハルクの雰囲気や強さを知ってもらおうという紹介の部分が多い気がするけど、物語の雰囲気も併せてより不気味に感じるキャラクター造形や規格外の能力、今までのように筋肉で解決ではなく知能もしっかり使って単身でアベンジャーズを圧倒したりと、その魅力は十二分に伝わった。いよいよ後半から今まで広げてきた伏線が積もって話が大きく動いたところだから、いよいよ続きがも逃せなくなってきた。

余談だけど、今作は久々にアブゾービングマンが見れたのもうれしかった。Black Boltでめちゃくちゃいいキャラだったから好きになったけど、やっぱりまた犯罪者に戻ってしまったみたい。でも相変わらず夫婦で仲睦まじくやってるみたいだし、単なる悪意じゃなくてボクサーらしくプライドをかけてハルクに挑むみたいなシーンもよかった。まあ、最後でめちゃくちゃな目にあってたからものすごいかわいそうではあるけど。

 

Immortal Hulk Vol. 2: The Green Door (Immortal Hulk (2))

Immortal Hulk Vol. 2: The Green Door (Immortal Hulk (2))

  • 発売日: 2019/02/26
  • メディア: ペーパーバック
 

 

Immortal Hulk Vol. 1: Or is He Both?

Immortal Hulk Vol. 1: Or is he Both? (Immortal Hulk (1))

とあるガソリンスタンドで起きた強盗事件がきっかけで、十二歳の少女を含む三人が命を落とした。しかしその夜、死んだはずの身元不明の遺体が安置所から消え、強盗の犯人が重体の状態で発見される。事件の目撃者はハルクがやったと証言するが、ブルース・バナーは死んでいたはずだった。

HickmanのX-MenやCatesのVenomと並んで、今Marvelで最も注目されているタイトルの一つがこのImmortal Hulk。キャラクター元来のイメージであるホラーものの怪物としてのイメージを色濃く反映した本作は連載開始からいたるところでほめられっぱなしだったが、なかなか一気に手を出す勇気がなく自分は今まで手付かずの状態だった。しかし最近行きつけのお店に前巻揃っているのを見つけてしまったので、この機会にと思い購入。しばらくは本作の紹介を続けていくと思う。

ライターはAvengers: No Surrender、Rocketなどで紹介したAl Ewing。今やGuardians of the Galaxyや大型イベントEmpyreも担当する、Marvelの顔といってもいい人物だ。キャラクターのイメージを変えて解釈しなおすと聞くと安定した雰囲気からあえて抜け出すこともあって期待半分不安半分という感じだが、Ewingに関してはRocket誌でのロケット・ラクーンの解釈がすごく刺さったから期待九割で読み始めることが出来た。

アーティストはJoe Bennett、初めて見たアーティストだったけど、ホラーっぽいテイストの絵は最高で、この一巻を読み終わるころにはこの物語に合うアーティストはこの人しかいないんじゃないかと思っちゃうくらい雰囲気がマッチしている。この次の巻には映画の遊星からの物体Xに出てくるような、すさまじい人体改造描写があるんだけど、それを見たときはすごいを通り越してもはや感動してしまった。本作のハルクのどこか今までと違う、形は似ているがどこか人間離れしたような顔もこの人の造形のおかげだと思う。#1の目玉、ハルクと対峙した強盗犯が彼を見上げる見開きと、次の見開きで犯人視点のハルクの顔のドアップが描かれるシーンはまさに圧巻で、今まで読んだコミックの中でも五本の指に入るくらいの迫力だった。

まだ物語の序盤ということもあって本作はまだ物語のコース決めという感じだけど、ホラーの雰囲気を押し出した描写は斬新で面白い。同じくMarvel現行のホラー枠といえばVenomだけど、あっちが結構勢いとノリで派手な描写や展開をやってるのに一方、Immortal Hulkは淡々と不気味な何かを見せてくる感じ。ヴェノムはもともとヴィランだしシンビオートの見た目も相まってホラーにそこまで違和感がなかったのに対して、普段ヒーローやってるキャラクターのホラー描写はなんだかいけないものを見てる感じがあってぞくぞくする。そんな高揚感が冷めないうちに、今度はガンマ線を浴びて変異した人だけが見える緑の扉や死んだはずのブルースの父親の復活など、今後につながる伏線がどんどんまかれていくから今度は雰囲気じゃなくて展開で上げに来るからずっとそわそわしながら読み切っちゃった。

何より本作に飽きないのは、各話でEwingが毎回何かしらのチャレンジをやっているからだ。新しくなったハルクを最高のインパクトとともに紹介した#1はもちろん、ブルースが謎の事件を調査するどこかサスペンスっぽい#2、ハルクが起こした事件を複数の目撃者が語り、各人の見た角度によってアーティストが変わって別々の雰囲気で一つの物語を紡ぐ#3など、物語はつながっていながらも話によっていろんなアプローチに挑戦しているから面白い。続き物ながら短編っぽい雰囲気も味わえる手腕はさすがEwingだ。

本国のサイトなんかでアメコミの情報を定期的にあさっている人なら評判を絶対に聞いたことがあるんじゃないかというくらいほめられまくってる本作だけど、一巻だけ読んでもそのポテンシャルを十分に感じれる作品だと思う。アーティストのBennettによればシリーズは#100まで続く、現状だけでペーパーバックが六冊あるからだいぶ長い道のりだけど、この面白さなら難なく読み進めていけそうだ。読もうか迷っている人はぜひ#1だけとりあえず読んでほしい、絶対にBennettの絵に夢中になるはずだ。

 

Immortal Hulk Vol. 1: Or is he Both? (Immortal Hulk (1))

Immortal Hulk Vol. 1: Or is he Both? (Immortal Hulk (1))

  • 発売日: 2018/12/04
  • メディア: ペーパーバック
 

 

Venom by Donny Cates Vol. 4: Venom Island

Venom by Donny Cates Vol. 4: Venom Island

カーネイジとの死闘を終えて再び平和な日常を取り戻したエディ・ブロックは、数々の功績からついにアベンジャーズへの招待を受けるが、息子を救うためとはいえ自分がヌルを開放してしまったこと、彼の脅威が今地球に刻一刻と迫っていることを打ち明けられず、参加を渋っていた。そんな中、エディの脳内で死んだはずのカーネイジの声が聞こえ始める。自身の中で密かに生き残っていたカーネイジのシンビオートと決着をつけるためにエディはかつて自身がスパイダーマンを殺すために訪れた無人島に向かうが、それが彼にとっての地獄の始まりだった。

当ブログではもうおなじみのDonny CatesによるVenom誌第四弾。本誌だけですでにペーパーバックが四巻目で、かつスピンオフのVenom UnleashedとイベントのAbsolute Carnageも加えればもうシリーズも六冊目になると思うと、いつの間にかこのタイトルも大きくなったなと思ってしまう。つい先日にはついに地球のヒーローたちとヌルが激突することになるというKing in Blackなるイベントも発表され、ますます盛り上がってきているのも楽しみだ。

本作のアーティストはMark Bagley、Ultimate Spider-Manや今の一つ前のシリーズのVenomなど、スパイダーマン系列タイトルを長きにわたって支えているベテランだ。正直自分はすごく好きな絵というわけではないからあまり書くことはないんだけど、それでもベテランなだけあって下手なページは一つもないし、キャラクターの表情もわかりやすくて安定して高い質の絵を描いてるという印象を受ける。ただアクションにどこか迫力が足りないというか、なんか少し古臭い印象があるのも事実。やっぱりVenomのアーティストはRyan Stegmanが一番好きだな。

物語の方はというと、今までVenomの誌面で見てきたDonny Catesのライティングの技を全部バランスよく詰め込んだような雰囲気を感じる。Rexではトンデモ設定を作り上げて物語を一気に加速させ、The Abyssではモノローグをうまく使った叙述トリックのようなどんでん返しを披露し、シリーズ全体でホラーの雰囲気を作り上げながらもヴェノムというキャラクターの中心のテーマは残すという風に、Catesは今まで物語を盛り上げるためのテクニックを数々披露してきた。そんな技を随所でそれぞれ垣間見ることが出来るから、すごくDonny Catesらしさのあふれる本だと思う。

無人島に不時着して早々にシンビオートと引きはがされ、どこから来るかわからないカーネイジに身一つで立ち向かうエディの姿は、どこかプレデターのようなパニック映画を彷彿させるし、エディ単体のモノローグも相変わらず厨二心があってしびれる。中盤ではかなり大きいどんでん返しもあって物語に飽きることはないし、それでいてディランにかかわる新設定が明かされたり、シンビオートの恐竜が暴れるぶっ飛んだシーンもあり、最後は他者との共生というヴェノムのテーマをうまく使って物語をまとめる。物語中でも今までのシリーズの流れを回想するシーンがあることも相まって、自分は今までのVenom誌の物語と雰囲気を全部振り返っておさらいするような、精神的な意味での総集編っぽい雰囲気を感じた。もちろん物語自体はきちんと進んでいて、今後の展開に向けての伏線も張られているから過去のまとめというわけではないんだけども、特に今までさんざんCatesのライティングに驚かされてきた自分としてはどこか懐かしいような雰囲気に浸れる作品だった。

ただ逆に言えば今までの巻のようにすごく新しいことにチャレンジしているという感じではないから、新鮮味に欠けるという気持ちもある。そもそもこれの一つ前の話が大規模イベントのAbsolute Carnageで、本作はそのフォローと次の展開に向けてのクッションという位置にある作品だから目立たなくなってしまうのは仕方ないという理由もある。逆にここにきて展開の先を急がず、少し落ち着いてVenom誌のノリを再確認する機会をくれたのは嬉しい気もするし、またこれからいつものびっくりライティングに戻ってくれればいいかなと思う。

物語も中盤ということでいよいよ今後佳境に入っていくと思われるシリーズだけど、今後もヌルの接近に終わらずウイルスやらヴェノム・ビヨンドなる新キャラクターの登場も予告され、盛り上がりが収まらない状態になっている。自分にとっても今のMarvelのコミックの中でも楽しみを確信して読めるタイトルの中の一つなので、じっくり続編を待ちたいと思う。

 

Venom by Donny Cates Vol. 4: Venom Island

Venom by Donny Cates Vol. 4: Venom Island

  • 発売日: 2020/11/17
  • メディア: ペーパーバック