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Daredevil by Frank Miller

Daredevil By Frank Miller Box Set

外出自粛が始まった時に家でやることがないからという言い訳を作って三万払ってしまったFrank MillerのDaredevilのセットをやっと読み終わったので、今回は雑に思ったことを描いておこうかなと思います。いかんせんめちゃくちゃ長いからいつもみたいなあらすじ紹介はなしで、かつ紹介というよりも個人の感想掃きだめっぽくなっちゃいますが悪しからず。

まず最初に、めちゃくちゃ面白かったというのが全体のシンプルな感想だ。Marvelのコミックの中でも一番を争うくらい有名でかつ名作として名高い本作だけど、その評価にも十二分に納得できる作品だ。巷ではデアデビルというキャラクターを根底から変えた作品なんて言われているが、正直なところ自分はMiller担当以前のデアデビルに疎いので、そこはよくわからない。しかしそういったコミックの歴史的背景を理解していなくても単純に物語としてすごく楽しめる作品だと思うし、自分の知っているデアデビルがここから始まったと思うとすごくワクワクする。

Millerの描くデアデビルというキャラクターの魅力は、決して必然的にヒーローになったわけではなく何ならヴィランになっていてもおかしくない境遇に生まれたマット・マードックという男が、自身の意思の力で正義の側で闘うという部分だと思う。これはセットの一番最後に収録されているMillerのインタビューなどからもわかるが、デアデビルと同様に彼が担当した有名キャラクター、バットマンとの違いは、裕福な家庭に生まれて亡き両親の愛もまっとうに受けて育ったブルース・ウェインと違い、マットは貧困家庭に生まれ、母親の顔は知らず父親も決して聖人ではなく、しかも事故で視力を失うという不幸の星に生まれた人間である。でもデアデビルバットマンと違ってスーパーパワーがあるじゃないかと思う方もいるかもしれないが、その超感覚でさえMillerは幼少期のマットを苦しめた呪いのようなものとして描き、ヒーローになった後でも過敏すぎる感覚にデアデビルが苦しめられる展開を何度か行っている。

そんな彼の境遇に加えて、そもそもマット自身も決して鋼の精神を持った生まれながらのヒーローというようなメンタルをしている人間というわけではない。それどころか一般人よりも危ない人間なんじゃないかと思わされるシーンも少なくないのだ。そんな彼の危険な一面がよくわかるエピソードが、初恋の女性エレクトラの死の前後の物語だ。大学時代にマットと恋に落ちるも父親の死によって社会に絶望して殺し屋になっていた彼女は、ニューヨーク滞在中にデアデビルとして活動しているマットと再会する。いくら知り合いとはいえやっていることは完全に殺人であるエレクトラを追い始めたマットだが、いざ対面すると昔の情に流されて彼女を捕まえることが出来ない。ここでほかのヒーローならなんだかんだ最後は正義を優先しそうなものだが、デアデビルは本当に最後の最後まで彼女を捕まえることが出来ないのだ。

そうこうしているうちにエレクトラは敵に殺されてしまうのだが、マットはわざわざ検死を見学し、盲目の自分の代わりに死亡報告書を読み上げろとアシスタントを怒鳴りつけたりとやはり異常な固執を見せ、しまいには彼女が死んだ回の翌月の号の一ページ目では、ページいっぱいの顔面アップで"She's alive."なんて言い出すのだ。検死まで付き合って一か月後にこの思い込みはやばすぎるだろとさすがに笑っちゃったが、彼の奇行はこんなものでは終わらない。エレクトラは生きていると根拠なしに確信したマットはデアデビルとして夜の街を駆け回り、エレクトラとかかわりのあった犯罪者を片っ端から殴り飛ばして彼女の居場所を問いただす。何もしていないのに急に殴られて故人の場所を聞かれるチンピラにはさすがに同情するが、なんと彼の聞き込みははチンピラでは終わらず、あのニューヨークの犯罪王キングピンのアジトにまで乗り込みエレクトラについて尋ねるのだ。これにはさすがのキングピンもデアデビルに"Are you sick?"と聞いてしまう始末である。仲間にはもちろん敵にさえ心配されてしまうような状況のマットは最後にエレクトラの墓に行って死体を掘り返し始め、遺体の顔に触れて彼女だと確認した瞬間"Dead! She's dead!"と泣き叫ぶ。いくらショックな出来事とは言え、こんな完全に正気ではないような行動までしてしまうのがマット・マードックという男であり、Millerの描くデアデビルは生まれながらのヒーローとは決して呼ぶことが出来ないキャラクターなのだ。

完璧な人間ではないのはマットだけではなく、MillerのDaredevilに登場するキャラクターは全員がそうだといえる。前述のエレクトラは父の死がきっかけで闘いに身を投じるというデアデビルと共通点のあるオリジンを持つが、彼女はヒーローになったマットと違い闇の組織に身を堕として殺しの道に進むことになる。マットの弁護士仲間であるはずのフォギーもごく自然にマットの彼女と寝るなかなか外道なシーンがあるし、デアデビルの協力者である新聞記者ベン・ユーリックも敵に脅された恐怖で真実を発表することにずっと怯えていたりと、どこかで必ず心の弱さ、善に完全に傾倒することが出来ない部分が描かれる。

しかし、Millerの物語が面白く、アツく、心にしみるのは、そんな弱さを持った人間たちがどうにか自身の勇気と意思を振り絞って正義にしがみつくさまがこれでもかと描かれるからだろう。決して強いわけではない彼らは何度も敵の圧力に屈しそうになるし、本人が正義の道から外れそうになることも多々ある。しかし最後には必ず自らの意思で立ち上がり、恐怖に負けずに自身の信じる善のために闘う。そんな様子が我々読者の心にめちゃくちゃしみるのだ。

デアデビルの異名であるThe Man Without Fear、恐れを知らぬ男というのは有名だが、ここ数カ月ずっとMillerのランやこのブログでも何度か紹介している現行のシリーズを読んでいて、実際はデアデビルは恐怖を知っている、それどころか常に恐怖と隣り合わせで闘っているように思えた。そんな彼がこう呼ばれているのは、実際は恐怖に屈しそうになったとしても最後には立ち上がる、恐怖の恐ろしさは知っていても決して負けることはない、その様子が周りから見て恐怖を知らないように見えるだけなのだと思う。デアデビルだけではない。実際に人が殺される音を聞かされ、次は自分が殺されるかもしれないという恐怖におびえながらも、最後には自身の筆で犯罪の闇をさらしたベン・ユーリック。ドラッグの欲望と迫る追手に翻弄されながらも、最後には平和な暮らしを取り戻したマットの元恋人、カレン・ペイジ。このシリーズに登場するキャラクターのほとんどがどこかで恐怖を経験し、それに打ち勝っていく。Millerはそんなキャラクターが怯えるシーンを迫真のライティングで描き、恐怖の恐ろしさを様々な描写で読者に見せつけていく。そしてもはやなすすべなしかと思わせたところで、徐々にキャラクターの心の強さを見せてくれる。このジェットコースターのような感情の上下がこの作品をMarvelの生んだ一つの伝説へと昇華したのだ。

ヒーローものコミックの世界にハードボイルドの雰囲気を取り入れ、現実的なテーマにも触れながら心にしみるシーンを生み出したMillerのDaredevilはまさに文句なしの傑作だ。かなりの量だし値段も相当張るからなかなか手は出しずらいとは思うが、デアデビル、Frank Millerのファンならもちろん、単純に至高の物語としても強くお勧めしたい作品である。

 

Daredevil By Frank Miller Box Set

Daredevil By Frank Miller Box Set

  • 発売日: 2019/10/15
  • メディア: ペーパーバック