アメコミもぐもぐ

アメコミ好きの大学生が感想を書くブログです。

Daredevil: Guardian Devil

Marvel Knights Daredevil by Smith & Quesada: Guardian Devil (Daredevil (1998-2011)) (English Edition)

恋人カレン・ペイジから突然の別れを告げられたマット・マードック。失意の中日常を送る彼は、謎の集団から逃げる少女と赤子の心音に気づく。彼らを救うべく動き出したマットだったが、ひょんなときに彼らはマットの前に現れる。しかし彼らはマットのとてつもない秘密を知っていた。

今や映画でボロ儲けしウハウハな天下のMarvel様だけど、実は過去には破産したほど混迷を極めていた時期もあった。そんな会社を立て直すべく編集者に任命されたJoe Quesadaが打ち出した新ブランド、それがMarvel Knightsだった。スパイダーマンX-MENとは違いB級とみなされていたデアデビルパニッシャーブラックパンサーといったキャラクターを主役に、今までの流れをあまり意識せず自由な発想で物語を作るというテーマのこのブランドは大ヒットし、Marvelの一時代を気づき上げた。本作はそんなMKの中でも初期の作品で、アーティストは編集のQuesada本人、ライターはQuesadaが直々に頼み込んだという映画監督兼俳優のKevin Smithという布陣で始まった。まさにMarvelの命運をかけ本気のクリエイター陣で生み出されたコミックというわけだ。実は去年がMK二十周年で過去のペーパーバックが復刊されるなどかなり盛り上がっていたタイミングだったり、ちょうどデアデビルのコミックを読みたかったから自分は本作に加えてParts of a Hole、Fatherを収録したMarvel Knights by Joe Quesada Omnibusという合本を購入したので、これからしばらくデアデビルの紹介が続くかも。

映画業界に疎いからSmithの名前も初めて聞いたんだけど、もともとかなりのオタクだったらしいし娘の名前にHarley Quinn Smithとかつけてるから、とりあえず絶対いい人なのはわかる。読んでみて普通のコミックより物語の起承転結が結構はっきりしてたから、それも映画製作の経験なのかなと思ってみたり。Quesadaのアートは実はあんまり好きじゃないから何とも言えないな。アクションはかっこいいんだけど、結構な頻度で猛烈な作画崩壊を起こすんだよね。まあby Joe Quesadaのタイトル通り合本収録の作品はライターは違えど全部アーティストはQuesadaだから、いやでもしばらくはずっと見ることになるし慣れるのかな。

本作のテーマは信仰。カトリックの熱心な信者であるデアデビルにとって宗教は切っても切り離せない関係にある。この信仰が人生でどんな意味を持つのか、デアデビルとして闘うマットにとってどんな影響があるのかという問いに、本作は切りかかっていく。

物語冒頭から世界の救世主になるといわれる赤子と処女ながら母となった少女が現れ、明らかなキリスト教的メタファーを含みながら物語は進行していく。世界を救うといわれマットの手に渡った赤子、逆に赤子は世界滅亡のきっかけになると主張する謎の集団、さらには赤子を守る悪魔のような異形の男と、かなり非現実的なキャラクターが次々と現れマットを困惑させる一方、そんな神秘的な存在であるはずの彼らにはどこか不自然に人工的な側面があったりするところが読んでいて面白い。例えばデアデビルがチンピラたちに誘拐され、なぜかマットの正体を知る異形の男に出会うシーン。この時マットは天使の叫びというこの世のものとは思えない音を爆音で聞かされて苦しみ悶えて動けなくなってしまうのだが、ほんの一瞬音が消える瞬間があることからマットはこれが再生されたループ音声であることを見破り、スピーカーを破壊することで脱出する。マーベル・ユニバースの話だから天使も悪魔も出てきて別におかしくはないし、なぜかみんなマットの正体を知っているし不思議な存在といっても説得力はある。でも、別の世界から来た悪魔が人間一人捕まえるのにわざわざチンピラ雇ったりスピーカー買ったりするか?そんな若干の矛盾を抱えどう転ぶかわからない物語を追うハラハラ感がすごく楽しい。

世界を滅ぼす子供を抱えると同時にマットには様々な厄災が降りかかり、もともと傷ついていた彼をさらにいたぶっていくのだが、ここがまさに本作の肝でありデアデビルの魅力を存分に引き出したパートだ。彼の親友でありビジネスパートナーのフォギーは強姦疑惑で逮捕され、別れたカレンが戻ってきたかと思えばエイズに感染していたと告げられる。いよいよ自身の不幸の原因は赤子だと判断したマットは元恋人のブラック・ウィドウの説得も聞かずに赤子を殺そうとビルの屋上から放り投げる。結局衝動的に助けて事なきを得るとはいえ、今まで見たことあります?赤ちゃんをビルからぶん投げるヒーロー。こんな話スパイダーマンでやったら即炎上、こんなのスパイダーマンじゃないやらライターを解雇しろやらそんなコメントが寄せられるのは火を見るように明らかだ。こういう無茶苦茶な話が唯一できるのがデアデビルだと思うし、ここまでどん底に落ちてから這い上がってくるのが何よりの魅力だと思う。

わかる人はわかると思うけど本作はFrank MillerのBorn Againと流れがかなり近くて、実際SmithもMillerのランにかなり影響を受けたといっている。でも本作がBorn Againの二番煎じになっていないのは最初に書いた信仰というテーマのおかげだ。もし赤子の誕生が本当に神の再臨で世界を滅ぼすトリガーなのだとしたら、それは神が人類を見放したという意味。これを知ったマットはそれまで正義の根源だった信仰心を失い、いよいよ何もできなくなってしまう。そんなときに再会したマットの実の母であり協会のシスターであるマギーの言葉が本作のかなめ。たとえ天国なんてものが存在していなくても死んでしまったらわからない、信仰心とは実際に神が存在するかどうかとは別物であると諭されたマットは再度神を、宗教が教えた正義を信じることになる。たとえ神がいなくても、努力が無に帰ろうとも、どんなに世界がくるっていても、その信仰心はマットを正気につなぎとめる鎖となり、デアデビルが闘い続ける理由となる。そう信じるからこそデアデビルは神の代わりに悪に正義を下す守護天使となるのだ。

宗教とデアデビルというつながりを強調しながら、純粋に先が読めない展開で重厚なサスペンスとなった本作。今回触れた以外にもかなり重大な事件が起きたり予期せぬ黒幕がいたりするんだけど、そこはぜひ皆さんで実際に読んで楽しんでもらいたい。ただ、デアデビルの危うさ、動機、そして強さを堪能できる至高の一冊として自信をもっておすすめできる作品だ。