Iron Man: Extremis - アメコミもぐもぐ

最先端の技術開発企業スターク・エンタープライズのCEOとして、そして秘密裏に鋼鉄のアーマーをまとったヒーロー、アイアンマンとして活躍するトニー・スタークは、かつて自身の会社が製造していた軍事兵器に今なお苦しめられている人々がいる事実に直面し、後悔と今後の目標に押しつぶされる日々を過ごしていた。そんなとき、トニーの知り合いであるマヤ・ハンセンの開発した人体強化薬エクストリミスが盗まれる事件が発生する。トニーは自分と自らが開発した技術の今後に不安を抱えながらもアーマーに身を包む。

今やMarvelの顔とまで呼べる人気キャラクターへと成長したアイアンマン、そんな彼のオリジンを大胆に変更して今のキャラクターの基盤を作り上げたのが本作Extremisだ。この作品で登場したエクストリミスが映画にそのまま登場しているだけでなく、トニーが監禁された場所がベトナムからアフガニスタンへと変更されたのもここから。MCU版のアイアンマンがいかに本作の影響を色濃く受けているかわかる。ライターはWarren Ellis、MarvelではほかにMoon KnightやSecret Avengersが、他社の作品ではThe AuthorityやPlanetaryが有名なベテラン作家だ。自分は彼の作品を読むのは実はこれが初めてだけど、めちゃくちゃ当たりだったから今DCが刊行中のThe Batman's Graveもペーパーバックが出たら読んでみようと思う。アートを手掛けるAdi Granovは本作で注目されて映画版のアイアンマンのデザインも担当することになったらしい。言わずもがなあの超かっこいいアーマーをデザインしただけあって機械のメカメカしい造形を描かせたら右に出るものはいない、大好きなアーティストだ。動きを感じるというよりかはどちらかというと静止画みたいなポージングがはっきりした絵が得意で、大きなコマを使っての大胆な構成の戦闘シーンは目を見張る迫力だ。会話のシーンなんかでも大胆な表情からキャラクターの感情が伝わってくる絵を描くからどんなシーンでも飽きることなくコマを堪能できる。正直この人目当てで本作を買ったんだけど、やっぱり大正解だったな。

今回読んだのは最近Marvelが定期的に出してるMarvel Select Editionというハードカバーの本のブランドから出たものなんだけど、これがまた結構いいのでこの際に紹介しておきたい。といっても過去の有名作品をちょっと豪華な仕様で再販しているだけなんだけど、やっぱり名作が多いから読む本に迷ったらとりあえずここから選んでみたらはずれはないんじゃないかな。ペーパーバックと比べたらちょっと値段は張るけど、もともとアメコミって高いし多少の値上がりできれいな装丁のものが買えるからむしろこっちの方がおすすめかも。このブログを読んでる人にどれくらいいるかわからないけど、映画からアメコミの原書に手を出したいって思ってる人にも安定のラインナップだからすすめられるな。

ちょっと脱線したから本作の感想に話を戻す。この物語のテーマは科学技術の使い道がどうあるべきか。かつて人を殺す兵器を売って金を稼いでいたトニーはその後悔を背負いながらも、同じ技術を使いながらも人を助けるために作ったアイアンマンのスーツを着ている時だけはそのことを忘れていられる。しかしいくら相手がテロリストだったとはいえ、トニーは初めてアーマーを作って監禁場所から脱出する際にその技術で人を殺めているのだ。トニーの友人であり同じ技術者であるマヤも、軍と提携して得た金で人を救う研究をしているが、それはすなわち誰かの命を犠牲にした土台の上に立っていることを意味する。さらに本来人類の未来を創るはずだったエクストリミスの研究はテロリストの手に渡り、それによって何十人もの人々が命を落としてしまう。希望をもたらす革命にも命を脅かす悪魔にもなりえる科学技術をどう使うべきか、トニーとマヤは再度考えなければなくなってしまうのだ。

しかしトニーは自身の、そして人々の命を救ったアイアンマンの可能性にかけ、あきらめずに闘いに挑む。自身の犯した罪も科学技術が人を殺している過去も乗り越えさらにその先、科学が創り上げるだろうより良き未来のために彼はその進歩を止めずに進化し続ける。これこそがトニー・スタークという男が未来のテストパイロットと呼ばれる所以であり、未来のために常に今を向上しようとする姿勢が彼をアイアンマンに、人を殺してきた武器で今度は命を救うヒーローにしているのだ。

淡々と重々しく進む深い会話や重厚なテーマで展開するストーリーと、人間の表情や機械のディテールを綿密に描いた絵が魅力の本作。大人気キャラクターの原点に触れてみたい人に最適の一冊だ。